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旅でできること

旅に出て、気付く。自分のレンズの汚れ。

その汚れ具合を確認して、きれいに磨き上げること。

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ATR72

ラオスの国内移動ビエンチャンからパークセーには、Lao Airlinesを利用した。

搭乗した機体はATR72。

イタリアとフランスの合弁会社製作の、ターボプロップ双発旅客機である。美しいフォルム。

機体へは後部ハッチよりアクセス。前部ハッチは貨物室。

ATR72

パークセー空港にランディングし、空港ビルディングへ歩いていると、発見!!

MA60

MA60、別名新舟60。中国の西安飛行機工業公司製造のターボプロップ旅客機。

トラブルが多発して各地で問題になっている機体である。見た目は美しい!!

クメール遺跡 ワット・プー

パークセーから車をチャーターして、メコン川沿いを1時間。

不思議な形をした聖なる山「プー・カオ」の麓に、ワット・プーは鎮座している。

ワット・プーの起源は5~6世紀と言われており、もともとはヒンドゥー教の寺院であり、クメール人により建立された。

その後、13世紀頃にタイ・ラーオ族がこの地を占拠し、仏教の寺院となった。

現在は、ヒンドゥーの神であるシヴァの彫像を建物の一部に見られたり、内部には仏像が安置してあったりと、さまざまな信仰の対象となっている様子をみることができる。

寺院奥から下を見下ろすと、メコン川や周辺の村や遠くの山々の様子まで見渡すことができて、とても厳かな雰囲気を感じることができる。

2001年にUNESCO世界遺産登録されているが、ほとんど観光地化していなくて、観光客も少ないし、土産物屋とか売店も少ししかなくて、ゆっくりと見学してまわることができる。

何か静かな感動が自分の中に生まれてきた。期せずして、素晴らしい遺跡に巡り合った。

Back to Vientien!

8:45 出発。この旅で一番早い出発。

10:00 山を越えたところで一服。順調に走る。

メコン川に再び近づいたころから約5キロ区間は未舗装。

ビエンチャンまで70キロというあたりから道がきれいになり、幅も広がった。このクォリティーになると50キロ/hは出せる。

舗装路というものは本当にありがたいものだ。移動や輸送の根幹と言える。

昼間の日差しが強すぎて、休みたいなと思っていたところ、道沿いに見つけたコーヒー農園を見学。そこのカフェで飲んだ、アイスコーヒーが美味しかった。

首都に近づくにつれてだんだんと交通量が増え、店や建物も増えてきた。

久しぶりのビエンチャン!大都会に感じる。

走行距離は200キロぐらいか。

「地図」という概念

サイニャブリーからパークライへ。

昨夜、飛び込んだ宿は、100000kip。wifi有り、ダブルサイズベッド、ホットシャワー。宿のおじちゃんは英語まったくしゃべれないが、快適。

ラオスは旅行するのに安全な国だ。人々はシャイだが、心やさしい。まだ悪い人間には一人も出会っていない。ポン引きには会ったが、すごいぼったくりとか、すごいしつこい客引きとかには出会わない。トゥクトゥクの客引きもひじょうに控えめ。

早朝4:00からニワトリの大合唱始まる。夢うつつに聞いていたが、眠れなくなり5:00起床。

川沿いを散歩して、何か食べようと思うが、まだ屋台も店も開いていない。ラオスの朝はわりとゆっくりスタートする。早くても8時に店は開く。

9:30 サイニャブリー出発。

10:30 またスコールがやってきたので朝食休憩とする。

明け方からの腹痛で、若干の食欲減退。激しい下痢である。原因は、一昨日のルアンプラバンのホテル近くの焼き肉鍋だと思う。美味かったが、肉が原因か?

休憩した時には、道が果たして正しいのかどうか、その辺の人に地図を見せて、現在地はどこか尋ねる。しかし6割ぐらいの人はまず文字が読めない。そして文字が読める人であったとしても、地図を見せても理解できる可能性は2割ぐらいしかない。これはかなりのカルチャーショックだった。

首都のビエンチャンで地図を買い求めた時にもそうだったが、「地図」という概念はどの段階で生まれるのだろうか。日本の国土地理院の地図というものは、精緻で本当に素晴らしいものだということに気づかされた。

この日も昼食はとらず。今日は舗装路を順調に走り抜けた。

15:00 パークライ到着。

この日は、ホテル近くの中華料理、久々の中華、美味かった。

ホテル100000kip。

goproのメモリ残りなく、この日は走行中の撮影なし。

I like dirt!

ルアンプラバンからサイニャブリーへ。

クワーンシーの滝への分岐までは順調な舗装路だった。しかも間違えて滝の入り口まで行ってしまった。メコン川沿いの分岐まで戻り、分岐した途端に未舗装路へ。

I like dirt!
I like dirt!
I like dirt!

と意味不明なハイテンションで叫びつつ、メコン川沿いの未舗装路を行く。おいおい、地図にはしっかりと幹線道路的な扱いで掲載されている道がこれ。

しかしこれが事前に想像していたラオスバイクトリップだ!想像ではなく夢見ていたバイクトリップだ!!

しばらくダートを行くと、3ケツしたスクーターと歩いているおかあさん。おかあさんが笑顔で

ちょっとだけ乗せてくれないか?(とたぶん言った)

いいよ!

と言うと、後ろのシートにまたがろうとするが、荷物が括りつけてあるので、ちょっとそのおかあさんには高すぎて乗れないらしい。すると3ケツしている方の娘(だと思う)に向かって、

あんたこっちに乗りなさい!(とたぶん言った)

ということで若い娘さん(25歳くらいと思われる)と2ケツすることになり、10分ぐらい走ったが悪くない気分だった。

こんなところに民家が!というようなところに友人の家があるらしく、そこでその家族と別れた。

その後は、さらに道は険しくなり、道幅狭い、デコボコ、水たまり、水牛、牛でなかなかスピードは出せない。そして暑い。湿度90%、気温37℃。

最大の難所は、川の徒渉だった。川底が見えないので、おそるおそる3本は川の水の中を通った。

そして細い竹の橋がかかっている川があったので、その橋を渡ってみた。すると絵に描いたように、橋の半分のところで前後輪ともに竹と竹の隙間に落ち込んでスタック。125ccの小型バイクと言えども、一人の力では持ち上げることはできない。竹の橋も壊れてるし。束ねてあったのがゆるんでしまった。

天を仰いで絶望的になっていたら、なんと農夫が2人、前方からトラクターでやってきた!天は我に見方せり!

助けてくれー!

と言ったら、半分あきれ顔で、

おまえ何で川の水のところを通らないんだ?これは人が歩くための橋だ!!(とたぶん言った)

と若干怒ってる。たぶん橋を壊したからだ。

そう言いながらも2人でバイクを持ち上げてくれて、対岸まで救出してくれた。九死に一生を得た!ありがとうと言って握手したら、最高にいい笑顔だった。

山奥や地方で出会う人々は、いい顔してる。「ただ生きている」と言う表現は語弊があるかもしれないが、ただ生きていることの尊さを感じる。

日本で生活していると、「意味」とか「意義」とか、「目標」とか「成果」とか、「善悪」とか「成長」とかをあらゆる場面で問われている。ラオスの山中で生まれ、育つ人たちの大半は、日本に行くこともなく、いや村から出ることもなく、身の回りのことを成し遂げて人生を終えて行くのだろう。生まれた場所でただ生きていく、そんな人々を見ていろんなことを思った。

9:00 ルアンプラバン出発

15:30 サイニャブリー到着

全体距離はおそらく100キロ程度、未舗装区間は約50キロ。

2.6リットル給油。