どんな余韻を残すか

GWには、久しぶりに上高地へ行ってきた。

陽の当らない沢沿いにはまだ雪も残り、広葉樹はまだ葉もつけていない。まだ、「春」とは言い難い上高地の、短い春。物悲しさはあるけれど、この山と川の景色を、自分のどこか深いところが求めていることを、実感する。

もうしばらく前のことになるが、上高地から奥穂高岳へのぼり、新穂高温泉へとおりるルートを歩いたことがある。友人のたくやくんとの2人旅だった。

旅の2日目、穂高岳の山小屋に着いた時間は昼2時過ぎ。その日の行程を終えるには、まだ早すぎる。テントを持っての山旅だったので、いざとなればどこででも夜を迎えることができる。新穂高まで行けるか、ということになりくだりはじめた2人。

案の定、日没となり、新穂高の温泉街まではまだ半分の道のり。2人とも、その辺にテントを張って泊まるという選択肢にはならなかった。クマのことも少し脳裏をよぎった。

出来る限り声高に話しながら、音を出しながら歩いた。

暗い山道を迷うこともなく歩き通し、新穂高ロープウェイに着いたのが10時過ぎ。山歩きのセオリーから行くと、常識はずれな行為だとは思う。自分でもあの時、よく無事にたどりついたな、と後から思った。

でも後から思いだす山旅の記憶は、セオリーに従わなかったときの出来事の方が多い。その時の、道のりや風景、友との会話、旅の余韻を今でも鮮明に思い出すことができる。

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