三内丸山

 青森では、こちらもずっと行きたかった三内丸山遺跡に足を伸ばした。
 
 三内丸山は、今から約5000年~3500年前の間の縄文時代遺跡である。最大で500人が暮らしたとされる集落で、縄文遺跡としては日本最大と言われている。
この集落は「栗」の文化で栄えた。高さ30メートルにもなる塔、柱6本で支えられ、柱は一本8トンも重さがある。高床式倉庫や住居の建材にはおもに栗の木が使われている。

 
 当時、気温は今よりも温暖で約3度程度平均で高かったと言われおり、海水面も高かったと考えられており、集落のそばに海岸がせまっていたため、集落からは海の生物の骨がたくさん出土している。1メートルを超えるタイの骨など圧巻である。
 
 縄文の遺跡からわかることは、人間がいかに自然環境に依存しており、また運命を左右されてきたかということである。左右され思い通りにならないかわりに、その社会は持続可能であった。資源が必ず次の世代に受け継がれるよう、人間の暮らしも慎ましやかであり、またそうせざるを得なかっただろう。
 
 遠くに、前日のぼった雪をいただく八甲田山がそびえていた。
 
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