広島 平和

 広島、平和記念公園へ。十何年かぶりにやってきた。
 
 1945年、8月6日の原爆投下について。広島、長崎、新潟、小倉が、最終的な候補地となっていた。理由は、基地、造船所等の軍事施設があったこと。
広島に投下された理由。連合軍捕虜基地がなかったと思われていたこと。そして当日の天候が晴れだったこと。
 
 何という悲劇だろうか。原子爆弾の威力を試すために、広島は実験地となった。そして1945年だけで、原爆によって14万人の命が奪われた。その後も、被爆による後遺症で心と体に大きな痛手を負った人々の、そして自然の痛手は・・・。
 
 原子爆弾は、ウランやプルトニウムが核分裂するときに発生するエネルギーを兵器として利用したもので、核分裂の際に発生するガンマ線や中性子線などの放射線が、長い期間にわたって人体に深刻な影響を与える。
 
 もちろん戦争は、核爆弾だけでなく、日本もアジアを中心に占領、迫害、殺戮を行ってきた。
しかし広島、長崎と日本は2度にわたって、被爆の悲劇を体験してきた。原子爆弾による被爆は世界でも日本だけである。二度と愚かな歴史を繰り返さないために、私たちの子どもが平和に、そして自然とともに暮らしていけるように、この核による悲劇を伝えつづけなければならない。
広島平和記念資料館↓
 
 しかしその後も、世界各国では、核兵器の開発が続き、核実験、核所有がひろがっている。核軍縮とか言われているが、世界には2万発もの核兵器が存在するという。
 
 広島は、被爆した経験から、核兵器廃絶と世界恒久平和を求めて、住民が、行政が、核兵器と人類は共存できないという考えを打ち出している。資料館の壁一面に、張り出された、広島市長の核実験を行った各国への抗議声明文をみて、涙が出た。自分が行動しなければ変えられない。行政は自分なんだ。

【広島市HPから】核実験に対する抗議

広島市長は、核実験の実施に対し、昭和43年(1968年)以降、実施国へ抗議文を送付し続けています。平成8年(1996年)9月に国連総会で包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択され、核爆発を伴う核実験は禁止されましたが、米国やロシア・英国は「核爆発を伴わずCTBTに違反しない」と主張して臨界前核実験を行っており、これに対しても抗議文を送付し、実験の即時中止を求めています。
また、こうした核実験のほか、イラクや北朝鮮の核開発疑惑など核兵器をめぐるさまざまな問題などにも抗議や要請を行っています。

〔通算抗議回数〕 588回(平成17年4月現在)


 【北朝鮮の核実験実施の発表に対する抗議文(2006.10.10)】

朝鮮民主主義人民共和国
国防委員長  金正日 様

抗 議 文

本市や被爆者団体をはじめ、多くの都市や団体が核実験中止を求める要請を行ったにもかかわらず、貴国が実験を強行したことに強い憤りを覚える。被爆地ヒロシマを代表して厳重に抗議する。

国際社会が平和的解決に向けて懸命の外交努力を続ける中、貴国が核実験を強行したことは断じて許されるものではない。貴国のこうした行動が、核軍拡や核拡散を加速させ、世界の平和と安全の構築を脅かす取り返しのつかない事態につながることを強く危惧する。

貴国は、「核兵器は人類滅亡を引き起こす絶対悪である」という被爆者のメッセージを真摯に受け止め、全ての核兵器と核計画を即刻放棄すべきである。さらに、核問題等に関する6か国協議に応じるとともに、核不拡散条約(NPT)に復帰し、核抑止力に頼らない外交努力を行うなど、核軍縮に向けた誠実な交渉義務を果すことを改めて強く求める。

2006年10月10日

広島市長 秋 葉  忠 利


広島市の平和への取り組み↓

広島市の核兵器廃絶に向けた取り組み↓
 
 
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