小さな世界

 「かけがえのないもの」「失ったもの」って、何だっただろうか?
 
 8月のシンポジウムで東京大学の神野直彦さんは、講演にスティーグ・クレッソン氏の詩を引用していた。
 
『第二次大戦後、スウェーデンは豊かな国となり、人々が「繁栄」と呼ぶ状況を生み出した。私たちは、あまりにも簡単に幸福になりすぎた。人々は、それは公正であるか否かを議 論した。私たちは戦争を回避し、工場を建設し、そこへ農民の子どもが働きに行った。農民社会は解体され、私たちの国は新しい国になったが、人々が本当にわが家にいるといった感覚をもてたかどうかは確かではない。1950年から60年に至る10年間に、毎日300戸の小農家が閉業するというスピードで、農業国スウェーデンが終焉した。人々は大きな単位、大きなコミューン(市町村)を信じ、都市には遠い将来にわたって労働が存在すると信じた。
 
 私たちは当然のことながら物質的には豊かになったが、簡単な言葉でいえば、平安というべきものを使い果たした。私たちは新しい国でお互いに他人同士となった。
 
 小農民が消滅するとともに、小職人や小商店が、そして、病気のおばあさんが横になっていたあの小さな部屋、あの小さな学校、あの子豚たち、あの小さなダンスホールなども姿を消した。そういう小さな世界はもう残っていない。小さなものは何であれ、儲けが少ないというのが理由だった。なぜなら、幸福への呪文は〈儲かる社会〉だったからだ。』
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