ジム・スカイ

 和歌山県太地町(たいじちょう)、かつて捕鯨で栄えた漁師町である。

 かつて古式捕鯨で天下に名を轟かせたこの街は、現在も伝統を受け継ぎながら近海での小型捕鯨を行なっている。

 漁師町は入り江の奥の浜にあり、かつての古式捕鯨がここの地の利を有効に活用して行なわれていたことがわかる。灯明崎という岬から熊野灘を一望し、古式捕鯨ではここから旗や狼煙を使った合図を送っていた。勢子舟と呼ばれる、色とりどりの紋様をしつらえた舟に乗り、灘を行く鯨を捕ったのである。捕り手と見張り手の絶妙なチームワークがなせる業である。

 C,W.ニコルさんの著書『勇魚』(いさな)は、江戸時代に古式捕鯨を行なっていた太地町の物語である。この地で生まれた勇敢な鯨捕り「銛一甚助」の生き様を描いているのだが、まずベースとなっているのは捕鯨。甚助は漁に出た際に、サメに襲われて片腕を失い、鯨捕りとしての道を断念する。新たな生き方を探し海を渡り、カナダで「ジム・スカイ」と名乗り船乗りの道を歩み出す、といった内容である。これはおすすめ。

 話を戻し、ぼくが太地町を訪れた時のこと。漁師船が停泊してある、港での昼下がり。魚の出荷を終えた数人の漁師が舟を洗ったり、網の手入れをしたりという光景である。突堤から海とそんな光景を眺めていると、一人の漁師が海に出る準備をしている。道具を舟に投げ込んでいるのだが、その動きには何かの違和感が感じられる。その漁師は隻腕なのだ。一瞬目を疑った。小説の中の太地町のジム・スカイ、そして現在の太地町の漁師。この重なった偶然はなんなのだろう。不思議な気持ちがぼくの中に押し寄せてきた。これも一種のデジャビュと呼べるのだろうか?

 その隻腕の漁師は、身軽な動きで舟に飛び乗り、モーターの引き綱を引き、海原へ向かっていった。数羽のトビが港の上空を旋回している。

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